頼れる最年長がU-20ワールドカップを目指す”船越ジャパン”に帰ってきた。U-20日本代表DF桒原陸人(明治大2年=G大阪ユース出身)は昨年9月のU20アジア杯予選を直前の負傷で参加辞退したため、約半年ぶりの代表合流。合宿初日の練習後、10日前に誕生日を迎えたばかりの20歳は待ちに待った日の丸の舞台に「久しぶりに健康な体でサッカーができるので嬉しい」と喜びを口にした。
2005年1月生まれの桒原はロサンゼルス五輪世代を兼ねるU-20日本代表の最年長組。G大阪ユース所属時の2020年9月のSBS杯でU-16日本代表に初招集されて以降、サイドバックの世代筆頭株として存在感を示し続け、この“船越ジャパン”においても23年にU-18日本代表として参加したSBS杯から主力を務めてきた実績を持つ。
所属先の明治大では負傷の影響もあり、昨年のシーズン後半戦や全日本大学選手権(インカレ)で出場機会から離れていたが、今回のメンバー入りを果たしたことからも船越優蔵監督の信頼は明らか。主将の指名はまだ行われていないものの、桒原自身は「役職は関係なく、自分が先頭に立ってやっていきたいなと思います」とチームの大黒柱を担っていく構えだ。
「船越さんになってSBS杯からずっと呼んでもらっていて、ピッチ内外で求められているものは理解しているつもりだし、自分が先頭に立ってやっていかないといけない存在だと思っている。ピッチ内のところはもちろんそう(大事)で、試合に出るか出ないかは競争だけど、ピッチ外のところではアジア杯は1か月の長い遠征になるので、自分たちが崩れないことがすごく大切になってくると思う。長くなると緩みも出てくると思うので、そこをしっかりと自分が締めてやっていきたいです」(桒原)
今回の代表チームは05年早生まれで最年長の桒原とMF大関友翔(川崎F)から、07年遅生まれで最年少のGK荒木琉偉(G大阪)とMFニック・シュミット(ザンクトパウリU-19)まで4学年の選手が一堂に会する“歳の差集団”。G大阪ユースの後輩でもある荒木は「自分が高1でガンバの寮に入った時に中1で寮に入ってきて一緒に生活していた」という関係とあり、「あの荒木と一緒に代表でやるとは……」と懐かしむ桒原だったが、彼らを束ねる役割を務めるにあたっては、DF内田陽介(東京V)らとの競争でなかなか出番を得られなかった明治大での経験も活かそうとしているようだ。
「明治に入ってから、ここまで試合に出られないことは小学校、中学校、高校のサッカー人生ではなかったけど、そこで出られない選手の立ち振る舞いとして、『チームは生き物だ』というのを以前の監督の栗田さん(栗田大輔前監督、現東京V代表取締役副社長)がおっしゃっていて、どんな立場であっても全力で取り組むのが明治の選手のあるべき姿だと感じた。そこは1年生の時の4年生からもすごく学ばせてもらったので、とにかく全力で練習から、アップから最後までやり続けるというだけだと思っていた」(桒原)
G大阪ユース時代にはルヴァン杯、天皇杯の出場歴を持ち、プロの舞台にも立ったことがある桒原だが、「すごくブレブレな選手だったと思うし、高校3年生の時点でプロになっていたらと思うと怖いくらい。本当に大学に来て良かったなと思う」と自己評価。「それこそ試合に出ない時の立ち振る舞いだったり、取り組み方はすごく先輩から学ばせてもらったし、人間性と言ってしまえば一言で片付くけど、本当にいろんなところで視野も広がった」という大学での充実の日々も経て、その経験を代表チームに還元していくつもりだ。
開幕を2週間後に控えたU20アジア杯ではそうしたチームマネジメントに力を注ぎつつ、ピッチ上の選手として大きな存在感を放っていくことが求められる。「ハードワークをしながらリーダーシップを取るところに加えて、サイドからの攻撃がすごく大切になってくると思うので、自分のクロスからアシストしたり、得点に関わっていきたい。そしてゴール前で失点しないように。先に失点すると引かれて難しい試合になると思うし、前半の立ち上がりと終盤のところをしっかり締めてゼロに抑えたい」。苦しい時期を経て一回りたくましくなった最年長DFが、4大会連続のU-20W杯に導く。
(取材・文 竹内達也)
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Source: サッカー日本代表
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