“肘打ち”の状況はさておき、結果として数的不利を招いた事実は揺るがない。それでもピッチ内の選手は悲劇にしないために勝利を目指した。ベンチで見守った選手は退場したDF西尾隆矢(C大阪)に寄り添った。パリオリンピックを目指すチームが一丸となった瞬間だった。
U-23日本代表はパリ五輪予選を兼ねたU23アジアカップのグループリーグ初戦・中国戦で1-0の勝利を収めた。しかし、その道のりは険しかった。
前半8分に先制ゴールを挙げたが、同16分に西尾が退場した。相手選手に背中に詰められたところで振り返ると、左ひじがその相手に当たる。ビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)のチェック後、レッドカードを受けた。
西尾は主審への抗議もなく、足早にピッチを去った。日本側ベンチから西尾までの距離は10m程度。しかし、FW内野航太郎(筑波大)、MF川崎颯太(京都)、DF大畑歩夢(浦和)はベンチから声をかけるために走り、会場を去ろうとした西尾にギリギリ追いついた。
一番最初に動いたのは内野航だった。「何かを考えていたわけではないですけど…」。昨年10月、主力メンバーが揃うU-22日本代表のアメリカ遠征に初めて参加した。最年少として加わったなかで、積極的に話しかけてくれたのが西尾だったという。「食事のときも同じテーブルのときが多くて、一人の人間としてリスペクトがあった」。その先輩の退場に「あそこで誰も行かないのは違う」。勝手に体が反応したという。
大畑は退場の場面を見ていなかった。試合後に退場のシーンを確認すると「映像を見たら厳しくはない。普通のレッドだったなと思った」と冷静。だが、そのときは仲間の苦境に体が動いた。理由を聞かれると端的に回答。「あの早い時間でレッドになって……(駆け付けた意味は)特に考えてなかった。考えてないです」。理性とは違う感情が大畑の背中を押した。
川崎は退場の苦しみを知っていた。「僕も退場したことがあるのでわかるが、本当に孤独を感じる」。西尾に伝えたい思いはたくさんあった。
「彼自身すごく動揺していた。こっちはこっちで戦うからという話をした。チームに申し訳ないという気持ちもあると思うが、そういうところはあまり思わないでほしいと。何試合出場停止になるかわからないが、彼もチームの一員だし、僕たちは彼の力を信用している。このメンバーの一員という気持ちは最後まで忘れないでほしいと、声をかけなきゃという風にパッと体が動いた」
ピッチ外の選手たちも試合終了の笛が鳴るまで戦い続けた。川崎は試合終盤に交代出場を指示されかけたが、中国側の交代カードの影響で別の選手がピッチに出た。「最後にクローザーとして絶対チャンスが来ると思って準備していた」。出られなかった悔しさはあるが、何よりも願ったのはチームの勝利。「結果出たか出なかったではない。最後まで勝利のために動いたというのは事実」と胸を張った。
初戦で力を出し切った選手、そして不完全燃焼でピッチを去った西尾のバトンは、ベンチメンバーが受け取った。「今日練習しているメンバーは絶対に(UAE戦の)鍵になってくる。そういう面で、より一層やらなきゃいけないとモチベーションが高まった試合だった」(川崎)。チーム一丸でつないだバトンを切らすことなく、パリ五輪の切符に変えていくつもりだ。
(取材・文 石川祐介)
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Source: サッカー日本代表
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