指導者2年目の“新米”高校教師、奮闘中。母校・水戸啓明のコーチに就任した元Jリーガーの金久保順が向き合う新たなサッカーとの関わり方

今シーズンから母校の水戸啓明高の指導に当たっている金久保順コーチ
[8.31 高円宮杯茨城1部リーグ第11節 明秀日立高 1-1 水戸啓明高 石滝サッカー場]

 去年から足を踏み入れた指導者の世界では、まだ“若葉マーク”が付いているような段階。いろいろな現実に直面しながら、この仕事の難しさを日々実感している。だが、毎日のようにグラウンドに立ち、“後輩たち”と向き合って、ぶつかり合って、前に進んでいく日常は、とにかく楽しくて、とにかく刺激的だ。

「選手の変化を見るのが好きなんですよね。もちろん勝敗の部分で、戦術を考えてこの1試合を戦うというのもヒリヒリしていて面白いですけど、本当に1週間や1か月でガラッと変わる選手もいて、そういうのを見ると『これからどうなっていくんだろう』というワクワクが大きいので、自分では育成向きの指導者なのかなと思っています」。

 今年の2月から自らの母校でもある水戸啓明高サッカー部のコーチに就任した、元Jリーガーの“新米”高校教師。金久保順はシビアなプロのステージを生き抜いてきた自らの経験と、指導者という未知の領域に対する確かなモチベーションをブレンドしながら、新たなサッカーとの関わり方に心を躍らせている。

「相手に退場者が出た時に『難しいゲームになるな』ということはわかっていたので、その中で先に点を獲られて、実際に難しいゲームになってしまいましたけど、最低限の勝ち点1かなと。本当は勝ち点3が欲しかったですけど、妥当な結果かなと思います」。

 水戸啓明の指揮を執る金久保コーチは、終わったばかりの試合を冷静に振り返る。IFA(茨城県)リーグ1部第11節。昨年度のインターハイで日本一に輝いた明秀日立高とアウェイで対峙した一戦は、開始10分で相手に退場者が出たことで、早々に数的優位を得たものの、前半のアディショナルタイムには先制点を献上。1点をリードされた状況で、45分間が終了する。

「楽をして勝とうなんて、絶対に思うな」。迎えたハーフタイム。水戸啓明のベンチからは冷静な口調ながらも、厳しい声が聞こえてくる。その言葉の理由を金久保コーチはこう明かす。

「1人がちょっとずつサボろうとすると、そのちょっとの差がとんでもない差になってしまうので、より一歩、二歩と全体で頑張らないと、11対10の違いはなくなってしまうんです。だから、気持ちを上げるためにも、気を引き締めるためにも、パフォーマンス的な意味も込めて言いました」。

 後半4分。水戸啓明が同点に追い付く。左サイドをMF下川司(2年)との連携で崩したDF渡邊アンヘル武蔵(3年)がクロス。ファーサイドへ飛び込んだMF黒澤幸之朗(2年)のシュートがゴールネットをきっちり揺らす。

 効果てきめん。「ああやって引かれたら中央突破は難しくなってくるので、そういう意味でクロスからの得点は狙い通りの形ではありました」と口にした金久保コーチのハーフタイムの檄が生きた格好で、チームはスコアを振り出しに引き戻してみせた。

 試合中の大半はベンチに座って、ピッチを見つめている。この日もテクニカルエリアまで出てきて、選手たちへと指示を送った回数は片手で数えられる程度。そこには自身が考える指導者としての在り方が、色濃く反映されている。

「理想は自分が何も喋らないことですね。選手が自分たちで課題を解決していくのがベストだと思いますし、そういう意味では本当に言うべきところだけは言ってというスタンスでやっています。僕も現役時代はあまり言われるのが好きなタイプではなかったですし(笑)、自由にやらせてあげたいなという気持ちはあるので、要所要所で話す感じです」。

 チームのキャプテンを任されている渡邊も、そのスタンスは十分に理解しているようだ。「ピッチの中では『自分たちで気付いてやれ』ということをよく言われていますね。飲水タイムとかハーフタイムの時に『どうなんだ?』と聞かれて、そこで自分たちが気付いていないことは『もっとこうした方がいいよ』と教えてくれますし、普段はよく喋りかけてくれるので、関係性はいいと思います」。

 普段のトレーニングでも多くを求め過ぎないことを、多くを言い過ぎないことを、心掛けているという。「練習の時から同じようなことしか言っていないですよ。『自由な発想で』みたいな話はしますけど、選択肢を二択か三択ぐらいにしてあげているイメージですかね。一生懸命やれる子たちなんですけど、まだまだなので、『幅』とか『深み』とかなるべく簡単な言葉で伝えるようにしています。言いたいことはたくさんあるんですけど、それだと僕のアイデアをやることになってしまいますから」。

「まだ自分の発想を超えるプレーは見られていないですけど(笑)、そういうことが出てきたらもっと育成にハマっていくんでしょうね」。幼い頃から天才ミッドフィルダーとして注目を集め、プロ入り後もそのアイデアあふれるプレーで多くの観客を魅了してきた金久保コーチだけに、渡邊も「1人少ない時とか順さんが一緒に入ってゲームをしたりするんですけど、やっぱり『上手いなあ』ってみんなで話しています(笑)」と明かしていたが、その発想を超えるのはなかなかハードルが高そうだ。

 後半はお互いにチャンスを作りながら、次の1点は生まれず、結果は1-1のドロー。「時間が経つにつれて精度が落ちてくるのも事実なので、まだまだトレーニング不足かなと思います」(金久保コーチ)。残されたリーグ戦と高校選手権予選に向けて、チームはここからさらにアクセルを踏み込んでいく。

円陣を作る水戸啓明の選手たち

 流通経済大学を卒業後、2010年にルーキーとして加入した大宮アルディージャを皮切りに、アビスパ福岡、川崎フロンターレ、ベガルタ仙台、京都サンガF.C.、水戸ホーリーホックと6クラブを渡り歩き、2022年シーズンを持ってプロキャリアに終止符を打った金久保コーチは、翌2023年から現役引退時のクラブとなった水戸のジュニアユース年代で指導者としての道を歩き出す。

「去年の経験はメチャクチャ生きていると思います。自分はプロサッカー選手と指導者は職業がまったく違うと思っているので、『もう一番下っ端だ』という意識でやっていたんですけど、周りの環境に恵まれたなと。大槻さん(大槻邦雄・水戸ジュニアユースコーチ)の存在も大きかったですし、いろいろなことをイチからしっかりと教えていただきました」。

 だからこそ、そのオファーが届いた時は相当迷ったという。昨年12月。自らの母校でもある水戸啓明から、体育教師との兼任という形でサッカー部のコーチ就任の打診があったのだ。

「すぐにイエスとは言えなかったですね。最初は正直『どうしよう……』と思いました。ホーリーホックでも中2の子たちを担当していたので、その子たちが卒業するまでは見たいなと思っていましたし、サッカーだけではなくて教員という立場になると授業のことも出てきますから」。

 信頼できる方々へ相談を繰り返し、1か月ほど熟考を重ねたのち、最後は自分で決断した。「一番は母校だったというのが自分の中では大きくて、他からのオファーだったらたぶんホーリーホックに残ったと思うんですけど、もう一度母校を鹿島学園さんや明秀日立さんの間に割って入れるようなチームにしたいと思っていますし、強いチームを任せられるより、自分でチームを強くしていきたい想いもあったので、ベストな選択かなと思って決断しました」。

 役職としてはコーチという形だが、巻田清一監督からはチームの指揮を任される格好で、母校へと帰還。「週に14コマの授業もやっています。まず学期の初めがラジオ体操なんですけど、YouTubeでラジオ体操を見て、覚えるところから始めました(笑)。今はバレーボールを教えたり、テニスを教えたりしているんですけど、まあできないので、毎日手探りでやっています(笑)」。慣れない教師という職業にも体当たりで向き合っている。

 金久保コーチが在学していた頃の校名でもある水戸短大付属高時代には、5度の高校選手権出場を誇っていたものの、2012年に水戸啓明に改名して以降で見ると、冬の全国出場は2013年度の1回のみ。10年近く晴れ舞台からは遠ざかっている。

「本音を言うと環境も含めて、マネジメントも含めて、いろいろなことを変えていかないといけないとは思うんですけど、そこはクラブチームではなくて部活動なので、その中でできることを探すと、僕はまず個人の育成を第一に考えています。僕が彼らに関われるのも長くて3年間なので、選手が大学やトップレベルのリーグでやりたいと思った時に、そこで通用するような選手を育てたいという想いもありますし、イチかバチかの勝負でトーナメントを勝ち上がるようなサッカーはしたくないので、『判断のないプレーは絶対になしにしよう』とは言っています」(金久保コーチ)

 キャプテンの渡邊も“先輩”のコーチ就任が、チームに与えている小さくない影響を実感しているようだ。「昔は強いチームだったので、そういう頃のOBの方との関わりも増えてきていますし、自分たちに期待してくれているのが伝わるので、その期待に応えようとチーム一丸となって頑張っています。夏もみんなで苦しい時間を乗り越えて、頑張ってきたので、後悔がないようにやり切って、最後に全国の切符を手に入れられたらなと思っています」。

チームのキャプテンを任されているDF渡邊アンヘル武蔵

 指導者を始めて2年目。母校を率いて1年目。まだまだ駆け出しではあるけれど、この世界の楽しさを知ってしまったからには、もう後戻りできない。このチームを、この選手たちを、半歩でも前へ、一歩でも先へと進めていくことが、今の自分がやるべきミッションだ。

「『指導者としての感覚』と『選手だったころの感覚』と、その両方を持って指導できれば、それが自分の強みになっていくと思うので、まだまだたくさん勉強したいですし、自分の良さを出しながらも、指導者として最低限の知るべきことはしっかり学びながらやっていきたいと思っています」。

 サッカーと生きてきた男が、果敢に飛び込んだ“第二の人生”。母校再建へ自らの持てるものすべてを注ぎ込む覚悟なんて、もうとっくに定まっている。水戸啓明を率いる“新米”高校教師にして、“新米”指導者。金久保順の挑戦はきっとここから、もっともっと面白くなっていくはずだ。

(取材・文 土屋雅史)
Source: 大学高校サッカー

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