[関東2部]ピッチの中に染み渡っていく唯一無二の存在感。水戸内定の立正大MF川上航立は仲間と積み上げてきた4年間を信じて「最後の3試合」を全力で戦い抜く!

立正大の10番を背負う司令塔、MF川上航立(4年=帝京長岡高/水戸内定)
[10.27 関東大学L2部第19節 立正大 3-1 城西大 立正大学熊谷キャンパスサッカー場]

 いつだって今の自分にできることと、100パーセントの熱量で向き合ってきた。真摯に、ひたむきに、全力を尽くすことで、周囲の信頼を勝ち獲っていく。派手なプレーをするわけではない。ゴールを量産するわけではない。でも、どんなチームにいてもこの人の存在は少しずつ、それでいて確実に、ピッチの中に染み渡っていく。

「まずは水戸ホーリーホックでしっかり活躍したいですし、自分を応援してくれる人が、自分のプレーを見ることで『アイツも頑張っているから、オレも頑張ろう』と思ってもらえるような選手になりたいです」。

 来季から水戸ホーリーホックへ入団することが内定している、立正大が誇るナンバー10。MF川上航立(4年=帝京長岡高)は積み上げてきた小さくない自信と、支えてくれた周囲への感謝を胸に、プロの世界へ堂々と飛び込んでいく。

 10月27日。関東大学リーグ2部第19節。5位に付けている立正大は、今シーズンの最後のホームゲームとなる城西大戦を迎えていた。1部昇格圏内の2位・日本体育大との勝点差は3。前節の順天堂大戦で劇的な逆転勝利を収め、連敗をストップしたこともあって、より負けられない90分間だ。

「今までは点を獲られたら自分たちで気持ちが落ちてしまって、そのまま負けてしまう試合もあったんですけど、ここ最近は安定した戦いができていますし、チームとしてメンタル的にブレずに戦えるようになっていると思います」。川上もチームの成長にはっきりとした手応えを掴みながら、この日のピッチに飛び出していく。

 さりげないポジショニングで味方をサポートしつつ、ボールを持ったらシンプルに配球。危険なスペースは誰よりも早く察知し、過不足ない動きで埋めていく。加えて的確なタイミングで、的確な指示を飛ばし、必要とあらば大声で仲間を鼓舞していく。本人は「それがなくなってしまったら自分ではないので、そこはいつもアラートにやっています」と話すものの、これをこなし続けられる選手は決して多くない。

 そのユニフォームの背中には“10”という番号が躍っている。「似合ってないですよね(笑)。今まで付けたことないですもん」と笑いながら、「でも、スタッフが決めることなので、信頼していただいているなとは思っていますし、責任を持ってプレーしようとは心がけています。あまり番号には囚われずに、自分らしくやればいいかなという感じですね」と続けた言葉に、携えている責任感が滲む。

 試合は前半42分にDF田中誠太郎(4年=高川学園高/宮崎内定)のゴラッソで立正大が先制。後半に入って同点弾を許したものの、19分にMF新山大地(4年=高川学園高)がスーパーミドルを叩き込んで再び勝ち越すと、10番が繰り出した1本のパスが試合を決定付ける。

 31分。右サイドでボールを持った川上は、中央を見据えるとGKとDFラインの間にアーリークロス。斜めに走ったFW多田圭佑(4年=矢板中央高/水戸内定)が左足で打ち切ったシュートは、ゴールネットを鮮やかに揺らす。

 ファイナルスコアは3-1。「Bチームにも4年生が何人かいて、前十字のケガを3回やった坂本龍汰(4年=矢板中央高)もいて、そういう選手たちがチームのためにしっかり行動してくれていますし、今日点を獲った3人も4年生ですけど、ここに来て一体感も出てきて、チームが1つになっているなというのは感じています」。そう口にした川上も、試合後は勝利のダンスで満面の笑みを浮かべる。この勝利で順位も4位に浮上。残された勝負の3試合に向けて、意気上がるホーム最終戦になったことは間違いない。

 7月29日。水戸ホーリーホックから『立正大学 川上航立選手 来季新加入内定のお知らせ』というリリースが発表された。「気持ちは揺らがなかったですね。焦ってはいましたけど、『絶対にプロになれる』と信じてやっていましたし、そうじゃないとなれなかったと思います」。本人もそう語っているように、大学入学後の4年間は決して思うような時間を過ごしてきたわけではない。

 帝京長岡高3年時はチームのキャプテンとして、高校選手権で全国ベスト4進出に大きく貢献。最後はPK戦で今はチームメイトになっているGK熊倉匠(4年=山梨学院高/鹿児島内定)にキックを止められ、ファイナル進出は叶わなかったものの、大会優秀選手に選ばれるなど、一躍注目を集める格好で立正大の門を叩く。

 だが、早い段階でAチームのメンバーには名前を連ねていたものの、なかなかコンスタントな出場機会を得るまでには至らない。「高校時代のこともあって、周りが結構期待してくれていて、そういうプレッシャーに打ち勝っていかないといけないと思うんですけど、それが嫌だった時ももちろんありました」。

 1年時は6月の順天堂大戦でスタメンに抜擢されて、早々に1部リーグデビューを飾ったものの、そのシーズンの出場は2試合にとどまり、2部を戦うことになった2年時のリーグ戦も5試合の出場のみ。「強度も足りていなかったですし、『まだ全然このレべルで戦えていないな』というのは痛感していて、だいぶ苦しかったですね」。最初の2年間は難しい時間が続く。

 転機は意外な形でやってくる。「3年生の春もBチームにいたんですけど、4年生の先輩が就職活動ということでボランチのポジションが空いて、『そこに入ってみろ』ということで、安定したプレーを出せたんですね。それでも次の週の練習試合もスタメンを外れていたんですけど、同じポジションの選手が目のあたりを切ってしまって、自分が途中から入ったら、良いプレーができたんです」。

「その次の日がリーグ戦の開幕やったんですけど、そこで先発で使われると、そこから1年間全試合にスタメンで使ってもらいました」。先輩の就職活動と、ライバルのケガという2つの要因が重なって、巡ってきたチャンスを生かした川上は、少しずつチームの中で欠かせない選手へと成長を遂げていく、

「地味な役割ですけどチームの力になれている実感はあったので、試合に出続けられたことは大きかったですね。でも、あまり変わったことはしていなくて、地道に練習をやってきたからこそ、パッと使われた時に安定したパフォーマンスが出せたので、今までの積み重ねが良かったなと思います」。努力を積み上げられる才能は、自分自身を裏切らなかったのだ。

 その知らせを聞いたのは、意外なタイミングだった。水戸の練習に3日間参加して、少し経ったころ。川上の携帯電話に着信が入る。「お風呂に入って動画を見ていたら杉田(守)監督から電話が掛かってきて、すぐに脱衣所に行って話を聞いたら『水戸からオファーが来たぞ』と言われて、もう『え~!ありがとうございます!』と(笑)」

 興奮冷めやらぬまま、家族へ電話を掛ける。「『オファーをもらった!』と言ったら、『何のオファー?』と聞かれて(笑)。水戸の話をしたらメッチャ喜んでいましたね。やっぱり両親が一番心配してくれていたと思うので、それは良かったですし、家族とか高校時代の恩師でもある古沢(徹)先生、立正のスタッフが喜んでくれたことが一番嬉しかったです」。お世話になった方々へ、少しだけ恩返しができた気がした。

 この日の試合後には、想いを新たにする出来事もあった。サッカー部の運営サイドの尽力で開催されたJリーグ内定選手の即席サイン会。チームメイトと一緒に並んだ川上のところにも、子どもをはじめとした観戦者が列を作る。

「サイン会なんて初めてです。やっぱり応援してもらえるって嬉しいですね。『今日は良いプレーをしてくれてありがとう』なんて知らない方に言ってもらえて、『ああ、これがプロサッカー選手なんだな』って思いました」。夢を与えられる側から、夢を与える側へ。その職業に就く意味を、走らせるペンの重みで実感した。

 残された大学生活も2か月あまり。いつものグラウンドで切磋琢磨し続けてきたみんなで成し遂げたい目標には、少しのブレもない。「残りの試合が減っていくにつれて『このチームで勝ちたい』『このチームを1部に上げたい』とより思っていますし、最後の3試合で今年の指揮を執っている須永さん(須永俊輔コーチ)と一緒にチームを1部に上げて、みんなで笑って終わりたいと強く思っています」。

「個人としても今はピッチに立たせてもらっているので、もちろん絶対に勝たないといけないですけど、『ああ、今日も航立は熱くやってるな』って。『アイツ、一番ギラギラしてやってるな』って応援の選手に思ってもらえるようなプレーをしたいですよね」。

 この日のサイン会で湧き上がってきた感情は、自分の宝物として、これからも心の片隅に刻み、大事に、大事に、取っておく。誰よりもギラギラしながら、誰よりも周囲を気遣いながら、丁寧に日常を重ねてきた22歳。川上航立がたどるサッカーキャリアには、まだまだたくさんの彩りがカラフルに加えられていくはずだ。

(取材・文 土屋雅史)


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Source: 大学高校サッカー

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