[12.7 J1昇格プレーオフ決勝 岡山 2-0 仙台 Cスタ]
1-0で迎えた後半16分、ファジアーノ岡山のJ1初昇格を決定づける追加点は、献身的な走りで人の心を動かす25歳から生まれた。右ウイングバックの位置からペナルティエリア内まで走り込むと、最後は冷静に右足ワンタッチでズドン。「岡山県の気持ちが乗ったゴールだと思います」。試合後、大勢の報道陣に囲まれたMF本山遥はそう言って顔をほころばせた。
レギュラーシーズンでは1得点にとどまったが、プレーオフでは準決勝・山形戦(◯3-0)に続いて2戦連発。自らも驚く形でJ1初昇格の立役者となった。
「(予感は)全くなかった。自分がやるべきことは守備からチームを作ることだと常々思っているし、もちろん攻撃でチームに貢献したい気持ちもあるけど、それは自分の特徴である守備を100%出し切った先にあるもの。ゴールは取れると思っていなかった。でも自分の守備の仕事をしっかりこなせたから巡ってきたのかなと思います」(本山)
本山の言葉どおり、試合を通じて際立っていたのは「そこの部分は絶対に誰にも負けない思いでやっているし、その武器を磨き続けてきた」という対人守備。この日は仙台のストロングポイントでもあるMF相良竜之介をの突破をことごとく封じ、攻守で圧巻のパフォーマンスを見せる一戦となった。
そんな殊勲の働きを見せた本山だが、プロ3年目を迎えた今季の歩みは順風満帆なものではなかった。シーズン序盤は途中出場が続き、一時は先発に定着したが、5月中旬から6月下旬にかけては7試合連続で出番がなく、ベンチ外も経験。「試合に出られない時期、ベンチにすら入れない時期もあったし、本当に悔しかったし、つらかった」と率直な思いを明かす。
そこで支えになったのはチームメートの存在だった。「そんな時でも周りにいる仲間たちが常に勇気づけてくれて、一緒に戦ってくれた。今日もスタンドにいる仲間たちは悔しい思いをしていたと思うけど、熱い言葉をかけてくれた。本当にファジアーノ岡山、全員の力を痛感した1年だった」。不遇を経験した立場だからこそ、ピッチに立てることの価値は深く理解していたつもり。なかでも本山は、今季途中に加入した一人の選手への感謝を口にした。
「自分がウイングバックで試合に出るようになってから、ある練習の後、嵯峨理久選手が声をかけてくれて、『ハルは夏場に試合に出られなかったり、ベンチ外で悔しい思いをしていたけど、いまこうして試合に出ている姿をもらうことにすごくパワーをもらっている』と言ってくれた。シーズン途中に岡山に来てくれて、嵯峨選手のポジションでもあるポジションで出ている僕に対して、そういう声掛けをできる嵯峨選手の人間性、懐の深さを感じた」(本山)
そうしたチーム内における相互理解こそが、今季の岡山が躍進できた原動力だ。本山は「嵯峨選手だけでなく、全員がチームのためにやるというエネルギーがすごく強くて、試合に出るからにはやるしかないと毎試合毎試合思わせられた。それは本当にチーム全体の力だと思う」と熱を込めて報道陣に語りかけた。
また仲間の強い思いも背負った本山のパフォーマンスはサポーターの心も打っていた。
試合後、DAZNのフラッシュインタビューに登壇した本山の映像はスタジアム内にも流れていたが、その最中には涙を浮かべるサポーターの姿がスタンドの至るところで見られた。本山は関西学院大から岡山に加入した3年前、さまざまな取材の場を通じて「多くの人に感動を与えられる選手になりたい」という思いを口にしていたが、その使命を自らのパフォーマンスで果たしたことを印象付ける光景だった。
本山が胸に刻む“人を感動させたい”という使命感は、2020年1月1日、自身が高校時代まで過ごしたヴィッセル神戸が天皇杯を制する姿を目の当たりにしたからこそ芽生えたものだったという。
「神戸の天皇杯初優勝をたまたま現地に見に行って、その時に山口蛍選手、酒井高徳選手のプレー、振る舞いにすごく感動して、自分がプロになったらこういうプレーで人に感動を与えられる選手になりたいなと思った。自分がそうなれているかはまだわからないけど、そこは自分の中ですごく大事にしてきたものだった」。そうして今回、岡山をJ1昇格に導いたことで、来季は神戸と同じカテゴリで戦う権利も獲得した。
もっとも、来季は対戦相手として向き合うからには、育ててもらったクラブであっても仰ぎ見るつもりはない。何より大卒でJ2岡山への加入を選んだ本山にとって、現在J1で優勝争いを繰り広げる神戸は「オファーをくれなかったクラブ」。その悔しさを原動力とし、真っ向から倒しにいく構えだ。
「ヴィッセルは自分を育ててくれたクラブでもあるけど、自分にオファーをくれなかったクラブでもある。その悔しさはプロになって忘れたことはないし、自分がユースとかジュニアユースで一緒にプレーした選手たちが主力として活躍する姿からは本当に毎週刺激をもらっていた。ノエスタでもし試合ができるなら、100%の試合をしたいと思う」
そうした負けん気の姿勢は神戸という古巣クラブに対してだけでなく、関西学院大の同期に対しても変わらない。
「個人的に名前を挙げるとすると、大学の同期の山見大登は、僕が入学してから先にAチームに上がって、Aチームで試合に出て、1年の時に(天皇杯)ガンバから点を取ったりして、ずっと注目を浴び続けてきて、4年間ずっと自分の前にいた存在だった。プロになってからも今年ヴェルディでめちゃくちゃ結果を残していて、常に自分の前にいる存在で本当に悔しかった」
そうライバル意識を明かした本山は「もし彼と来年、J1の舞台でマッチアップすることができるのであれば、本当にバチバチに行きたいなと思います」と笑顔で断言。J2在籍16年目の岡山をJ1初昇格という快挙に導いた25歳は、さまざまな覚悟と野心を胸に、自身としても初めてのトップカテゴリに挑もうとしている。
(取材・文 竹内達也)
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Source: 国内リーグ
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