『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:キラキラ(前橋育英高・石井陽)

前橋育英高を率いる「14番のキャプテン」、MF石井陽(3年=前橋FC出身)(写真協力『高校サッカー年鑑』)
東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 すべてはこの瞬間のために、長く苦しい1年間を過ごしてきたのだ。無数のカメラのレンズが向けられる中、中央へと歩み出てタイミングを確認する。溜めて、溜めて、国立の空へと掲げた優勝カップは、日本一を喜ぶみんなの笑顔は、メチャメチャ眩しく輝いていた。

「本当にキラキラして見えましたね。苦しい想いをしてきたからこそ、より輝くものがあったのかなって。この仲間と、この景色を見られて、本当に良かったです」。

 2つの重責を最後まで担い切った、頼れるリーダー。前橋育英高(群馬)の『14番のキャプテン』を託されたMF石井陽(3年=前橋FC出身)が、正しいと信じて突き進んできたいばらの道の先には、今まで見たこともないような、最高の景色が広がっていた。

 初めて見た時から、すぐに感じた。「ああ、きっと『14番のキャプテン』になるんだろうな」と。2年前の2月。新人戦群馬県大会準決勝。体格の良い選手がそろった前橋育英の中で、一際小柄な1年生ボランチには、もうその雰囲気が備わっていた。

「育英と言ったら14番なので、そこへの憧れはあります。今まではそんなに背番号は気にしていなかったんですけど、(徳永)涼さんが付けている姿を見ていて、『オーラがあるな』というか、『カッコいいな』という憧れを持ち始めて、いざ自分が試合に出始めてからは、『14番を付けてみたいな』という想いが出てきました」。

 あどけない笑顔を浮かべながら、まっすぐな瞳でこう話していたことをよく覚えている。無理もないことだが、今から振り返れば、そのころの石井にはまだ『前橋育英の14番』を背負う重みも、本当の意味ではわかっていなかったのだろうとも思う。

 プレミアリーグEASTが開幕すると、7番を付けた石井はボランチの定位置を確保。チームの中でも存在感を高めていく。試合の中では獰猛に相手とボールへ食らい付いていくが、ひとたびピッチを離れれば、柔和な笑顔も印象的な普通の高校生。目立ったパフォーマンスを披露することも多く、話を聞く回数も自然と増えていく。

 ただ、チームにはなかなか望んだような結果が付いてこない。秋口に石井が話していた言葉を思い出す。「もう3年生とやれる時間も少なくなってきている分、悔いなく戦ってほしいと思うので、2年生の自分たちが戦うところでは身体を張って、3年生たちもそれに乗っかってくれることが一番良いと思います」。

 プレミアでも本来のキャプテンの雨野颯真(現・早稲田大)が離脱した終盤の3試合では、2年生の石井が腕章を託される。「雨野さんがケガをしていた期間に、『誰がキャプテンをやるんだろうな?』と思って監督に聞いたら、自分が指名されたんです」。歴戦の指揮官・山田耕介監督もそのリーダーシップには小さくない期待を寄せていた。

 選手権では2回戦で神戸弘陵高に、その行く手を阻まれる。「3年生は本当に弱い代と言われてきた中で、折れずに1つになって頑張ってきてくれて、ここまで連れてきてもらったので、感謝しかないですし、学ぶものが本当に多かった学年でした。その良さは自分たちの代にも取り入れていきたいので、すぐ始まる次のシーズンも、自分の感じたことをしっかり伝えて、さらに強いチームを作っていきたいなと思います」。

 試合後のミックスゾーンできっぱりと言い切った石井は、先輩たちの想いも引き継ぎ、いよいよ高校最後の1年へと足を踏み入れていく。

 迎えた2024年シーズン。石井は想像通り、左腕にキャプテンマークを巻いていた。「一応投票の結果としてキャプテンになりました。正直、『自分がやるんだろうな』とは思っていましたけど、なってみるとやっぱり責任も発生するので、ピッチ内でも、ピッチ外でも、やるべきことはちゃんとやらないといけないなと思っています」。

 入学してから見てきたタイプの違う2人のキャプテンからは、さまざまなことを学んできたという。「涼さんも雨野さんも本当にチームのことをよく考えていたキャプテンだったので、それを2年間見てきたのは良い経験として、自分の中に積み重なっていますね。涼さんは周りにも厳しく言う分、自分もしっかりやらなきゃというタイプのキャプテンで、雨野さんはチームを包み込むというか、『オレがいるからな』という安心感を与えてくれるキャプテンだったので、その2つを組み合わせたキャプテンになっていきたいと思います」。ここから築き上げていくキャプテン像のイメージは、明確に持ち合わせていた。

 その話を聞いたのは3月のプレシーズンの時期。まだ背番号は確定していなかったが、もう覚悟は決まっていた。「監督次第だとは思うんですけど、最終学年なので今年は自分が14番を付けて、『日本一の14番』と言われたいので、そこは譲りたくないですね」。プレミアの開幕を目前に控えたタイミングで、前橋育英のメンバーリストが発表される。石井は憧れの徳永涼(現・筑波大)と同じ、『14番のキャプテン』を任されることになった。

「焦ったどころじゃなかったです。去年も3連敗はあったんですけど、それとは重みが違うというか、あまりにもシーズンの最初すぎたので、お先真っ暗みたいな感じでしたね……」(石井)。昨季からのレギュラーも半数近く残り、周囲からの評価も決して低くなかった前橋育英は、悪夢のプレミア開幕3連敗。いきなり苦境に立たされる。

 加えて石井には“14番”の重圧ものしかかってくる。「サッカーは番号でするわけではないですけど、やっぱり人からはそういう目で見られますし、ピッチ内だけではなくて、ピッチ外の振る舞いとか、その行動がチームに良い影響も与えるし、悪い影響も与える番号だと思うので、気が抜けないなとは凄く感じます」。

 一方でキャプテンとしては、グループの雰囲気に気になる部分を感じていた。「選手全員がもっと主体的にやっていかないとなとは感じています。練習でも声を出せる選手と、おとなしくやっている選手で差が出てしまうと、練習の強度も上がらないと思いますし、そこを試合のレベルに近づけていかないと、試合に出た時に合わないこともあるはずなので、そういうちょっとした緩みや妥協が、結果が出ていない要因かなと思っています」。

 プレミアでは連勝を記録するなど、少しずつ結果も出始め、ようやく小さな自信が芽吹き始めたタイミングで、前橋育英は大きな失望を突き付けられる。6月のインターハイ予選準決勝。共愛学園高との一戦はPK戦までもつれ込むと、石井はキックを失敗し、チームもまさかの敗退。県7連覇を逃してしまう。

 チームにも小さなヒビが入り始めていた。「自分が言いすぎてしまって、それで雰囲気が崩れてしまったというか……」(石井)。キャプテンとしての責任を感じすぎるがあまり、どうしても周囲への要求も厳しいものになっていく中で、その姿勢にチームメイトからも疑問を呈する声が上がる。

 きっかけは指揮官から投げかけられた言葉だった。「監督から『自分の非を認めろ』と言われたんです。自分なりには認めていたつもりだったんですけど、やっぱり周りから見た時に、自分のことをやる以上に、チームメイトに言いすぎていた部分が、チームにマイナスな影響を与えていたなと凄く感じて、その監督からの言葉は自分に刺さりましたし、『変わらなきゃな』と思えましたね」。

 まず自分のタスクを100パーセントでこなした上で、チームメイトとのコミュニケーションとの取り方も双方向を心がける。自分が変われば、チームも変わる。そう信じて、とにかく時間をかけながら、お互いの考えていることをポジティブにぶつけ合っていく。

「自分たちの弱さをもう1回見つめ直して、厳しく言い合うところも言い合って、褒めるところもしっかり褒め合って、全員で切磋琢磨しながら苦しい夏を乗り越えてきたので、本当にあのインターハイの負けからチームが変われたなと思っています」。苦しい時期をみんなで共有してきたことで、タイガー軍団は今まで以上の一体感を纏い始めていた。

 11月。石井は安堵の表情を浮かべていた。選手権予選決勝。インターハイで苦杯を嘗めさせられた共愛学園とのリターンマッチは、延長までもつれ込む激闘の末に、3-0で勝利。夏のリベンジをきっちり果たし、冬の全国切符を力強くもぎ取ってみせる。

「ホッとしたという感情が一番大きかったかなと思います。円陣の時に『共愛に負けて、全国に出られなかった悔しさを思い出して、勝ちたいという気持ちを前面に出そう』ということを言って、それが試合でしっかり表現できていたのが良かったですね。夏に『全国に出るのは当たり前のことではない』と痛感したので、こういう形で全国に出られたことで、また1つ自分たちの活躍できる場が増えたので、そこは嬉しく思っています」。

 そう口にした石井は選手権への抱負を問われ、少しだけ言葉に力をこめる。「小さいころから見ていた大会で、いろいろな人が応援してくれて、活躍すればいろいろな未来が見えてくる場所だと思うので、本当に夢の詰まった大会だなと感じています。悔いなく終わることが一番ですけど、まだまだ隙や甘さがあるので、残りの期間でしっかり突き詰めて、優勝目指して頑張りたいと思います」。自分にも、チームにも、大きな期待を抱いて、『14番のキャプテン』は晴れ舞台への準備を整えていく。

 12月31日。試合が終わった瞬間、こみ上げてくる涙を抑え切れなかった。愛工大名電高(愛知)と対峙した2回戦。前橋育英は2点のリードを追い付かれてPK戦へ。先攻1人目のキッカーとして登場した石井のキックは、終了間際に交代で入った相手の“PKキーパー”に弾き出される。

「ドキドキしましたし、プレッシャーが掛かっていた中で、ちょっと焦ってしまったというか、先に自分がボールをセットしてしまって、相手のキーパーが来るのを待ってしまったので、自分の行きたいタイミングで行けば良かったなと思いました」。

 絶望に近い感情が押し寄せてきたものの、すぐに気を取り直してGK藤原優希(3年)の元へ向かう。「もう藤原に止めてもらうしかないので、『PK戦はオマエがキャプテンだぞ』という意味で託しました。『自信を持ってやってくれ』『本当に頼む』ということを伝えましたね」。自分のキャプテンマークを守護神の左腕に巻き、祈るような想いでその後のPK戦を見つめ続ける。

 サドンデスに入った8人目。「陽は去年から試合に出ていて、今年も先頭に立ってみんなのリーダーとして頑張ってくれていましたし、『外してマジでゴメン』と言っていたので、絶対に『自分が止めて勝ってやろう』と思っていました」と笑った藤原が、愛工大名電の選手のキックを完璧な反応でストップする。

「インターハイ予選に続いて、また自分が外してしまったので、本当に責任を感じていたんですけど、今日は藤原に助けられたなと思います。もう本当にホッとしましたし、みんなに迷惑を掛けて申し訳ないなという想いが強かったです」。

 泣きじゃくる14番に、次々とチームメイトが笑顔で駆け寄ってくる。みんなわかっていた。どれだけのプレッシャーと、どれだけの責任感を背負って、キャプテンが戦ってきたかを。いつしかこのチームの中には、石井を中心に揺るがぬ絆が生まれていたのだ。

 1月12日。日本一を懸けて挑む決勝前日。石井は穏やかな笑顔を湛えていた。「実感がないんですよね。明日で終わっちゃうことはわかっているんですけど、『まだ続きそうだな』という感じが凄くあって、みんなともよく話すんですけど、『これで引退なのかな』って。今日の練習も3年生にとっては最後の練習で、何となく寂しい気持ちもあるんですけど、本当にまずは明日の決勝の舞台に立てることにワクワクしています」。

 もちろん“決勝の国立”はシーズンが始まった時から目指し続けてきた場所だけれど、ハッキリ言ってここまで来ることができるとは、思っていなかった。プレミア開幕3連敗。インターハイ予選の準決勝敗退。そして、チームメイトとの間に生まれた溝。何度も暗闇の中に突き落とされたような気分を味わい、何度も今いるところから逃げ出したくなった。

 それでも、諦めなかった。諦め切れなかった。このみんなと国立競技場で、最高の景色を掴み取る。その一心で苦しい日常にも耐え、ようやくここまでたどり着いたのだ。対峙するのは流通経済大柏高(千葉)。前橋育英にとっては第96回大会の決勝でも激突した因縁の相手。石井はその一戦を見たことが、この高校へと入学する1つの決め手にもなったという。

「自分が見ていた景色を、今度は自分がいろいろな人に見せる番だと思うので、いろいろな人の想いを背負って、責任を持った試合をしていきたいと思います」。

 泣いても、笑っても、あと1試合。勝つ。絶対に勝つ。勝って、『14番のキャプテン』の最後の仕事として、優勝カップを掲げ、みんなと最高の笑顔で喜び合う。そのイメージだけを携えて、石井は決戦へと向かっていく。

「もともと『蹴りたいな』とは思っていましたし、緊張というよりは、楽しみの方が大きかったと思います」。ペナルティスポットに立った石井の頭の中は、不思議なぐらいクリアだった。

 ファイナルは予想通りの激闘となった。流経大柏が先制すれば、前橋育英が追い付く。以降はお互いにチャンスを作りながらも、次の1点は生まれず、110分間が終了。日本一の行方はPK戦へと委ねられる。

 キッカーの順番は山田監督が決めた。「自分は前回外しているので、5番以内には入らないだろうなと思っていました」と予想していた石井は、7番目に指名される。このチームが変わるきっかけになった試合もPK戦で、このチームで最後に戦う試合もPK戦へと突入。前橋育英の選手たちは、誰もが不思議な巡り合わせを感じていた。

 5人目までは両チームともに全員成功。サドンデスに入った6人目も双方が沈め、7人目も先攻の流経大柏は確実に成功。外せばその時点で試合に幕が下りる重要なキッカーが、石井に回ってくる。

 5万8千人を集めた大観衆の視線が、小柄な『14番のキャプテン』だけに注がれる。負けたら終わりとか、2度のPKを失敗したとか、キャプテンの責任とか、14番の重みとか、みんなの想いとか、そういうものは全部どこかに吹っ飛んでいた。ただ、目の前のボールをゴールへ蹴り込む。石井の頭の中は、不思議なぐらいクリアだった。

 激闘が終わったばかりのピッチの中央。しつらえられた表彰式のステージへ、黄色と黒のユニフォームを纏った選手たちが、胸に金メダルを光らせながら集まってくる。

 すべてはこの瞬間のために、長く苦しい1年間を過ごしてきたのだ。無数のカメラのレンズが向けられる中、中央へと歩み出てタイミングを確認する。溜めて、溜めて、国立の空へと掲げた優勝カップは、日本一を喜ぶみんなの笑顔は、メチャメチャ眩しく輝いていた。

「本当にキラキラして見えましたね。苦しい想いをしてきたからこそ、より輝くものがあったのかなって。この仲間と、この景色を見られて、本当に良かったです」。

 2つの重責を最後まで担い切った、頼れるリーダー。前橋育英の『14番のキャプテン』を託された石井陽が、正しいと信じて突き進んできたいばらの道の先には、今まで見たこともないような最高の景色が、キラキラと、美しく、広がっていた。

■執筆者紹介:
土屋雅史
「群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に『蹴球ヒストリア: 「サッカーに魅入られた同志たち」の幸せな来歴』『高校サッカー 新時代を戦う監督たち』


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Source: 大学高校サッカー

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