【悲報】小野伸二が明かしていた現役生活の悔恨…「レアルやバルサでやりたかった」

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1: 名無し@サカサカ10 2023/12/01(金) 16:42:01.11
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 北海道コンサドーレ札幌の元日本代表MF小野伸二は12月3日のJ1リーグ最終節、古巣の浦和レッズ戦を最後に現役を引退する。44歳の天才MFが迎えるラストマッチに向け、「FOOTBALL ZONE」では「小野伸二特集」を展開する。今回は、(取材・文=元川悦子)

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 ヴィッセル神戸のJ1初制覇が決まり、J2降格の1枠も横浜FCにほぼ確定した2023年J1。12月3日の最終節の注目は、26年という長い長いプロキャリアにピリオドを打つ小野伸二の現役ラストマッチだろう。

 コンサドーレが本拠地・札幌ドームで迎え撃つ相手は小野が98年にJリーガーの第1歩を踏み出した浦和レッズ。まさに因縁めいたマッチメイクだと言うしかない。

 遡ること26年前の98年。清水商業高校(現清水桜が丘高校)から鳴り物入りでプロ入りした小野は開幕からスタメンを奪取。華麗なテクニックと創造性溢れるプレーで見る者を魅了した。

 その一挙手一投足に度肝を抜かれた1人が日本代表の岡田武史監督(現JFA副会長)だ。非凡な才能を持つ若い世代に注目していた指揮官は小野と17歳だった市川大祐(清水エスパルストップコーチ)を同年4月の日韓戦(ソウル)でいきなり代表デビューさせる大胆起用に打って出た。

 この2か月後には小野を日本初参戦の98年フランス・ワールドカップ(W杯)メンバーに抜擢。すでにグループステージ敗退が決まってはいたものの、第3戦のジャマイカ戦後半に思い切って彼を投入。18歳の若武者は物怖じすることなくピッチに立ち、巧みな股抜きからシュートを放つ。このワンプレーに類まれなセンスが凝縮されていたと言っていい。

 18歳のW杯出場というのは、バルセロナで少年時代を過ごした久保建英(レアル・ソシエダ)にも果たせなかった快挙だ。小野の場合はそれだけではない。年代別の世界大会も総なめにし、そこで結果を残しているのだ。

 手始めはフランスW杯前に95年U-17W杯(エクアドル)だ。同大会は8強止まりだったが、99年ワールドユース(現U-20W杯=ナイジェリア)では準優勝の快挙を達成。本山雅志(鹿島アントラーズアカデミースカウト)とともにベストイレブンに名を連ねた。小野はシャビ(バルセロナ監督)とともに大会の看板スターと位置づけられ、世界中から脚光を浴びることになったのだ。あれから20年以上が経過し、日本の育成年代が力をつけたとはいえ、99年を超えるチームは出ていない。この時のキャプテン・小野の存在感は圧倒的だった。

 その後、2000年シドニー五輪こそ、99年7月の五輪1次予選のヒザの大ケガの影響で選外になったものの、2002年日韓、2006年ドイツW杯、オーバーエイジ枠で参戦した2004年アテネ五輪と、FIFA主催全大会をフルカバーし、しかも複数回出するという凄まじい実績を残したのである。

 U-17、U-20、五輪、W杯の出場を果たしたという意味では中田英寿や宮本恒靖(JFA専務理事)、小野と同じ黄金世代の高原直泰(沖縄SV代表・監督)、稲本潤一(南葛SC)、現代表の久保なども含まれるが、小野の場合はUEFA主催全大会(当時なかったUEFAカンファレンスリーグを除く)出場、タイトル獲得という金字塔も加わる。それは特筆すべき点だろう。

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https://news.yahoo.co.jp/articles/b5667ac5b13615459cc19e2495e61c3e6da2f6b1


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Source: サカサカ10

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