[6.2 インターハイ東京都予選2回戦 多摩大目黒高 1-0(延長) 国士舘高 堀越学園総合グラウンド]
間違いなく追い込まれていたはずだ。延長に入って突き付けられた数的不利の状況。普通に考えればネガティブなイメージが頭の中を占めても不思議ではない。だが、ピッチ上の選手たちには笑顔すら見える。彼らは目の前のサッカーを、純粋に楽しんでいたのだ。
「1人少ないのはわかっているので、『もうやるしかないぞ』という声掛けをしたんですけど、それで逆にテンションが上がりました。みんなからもネガティブな発言はまったくなくて、『やってやるぞ』というポジティブな発言が多かったですし、そこでなぜか笑顔が出ていましたね」(多摩大目黒高・武田一志)。
10人になってからの先制弾で、劇的な延長勝利!令和6年度全国高校総体(インターハイ)東京都予選2回戦が2日、堀越学園総合グラウンドで開催され、初の全国を目指す多摩大目黒高と16年ぶりの全国切符を手繰り寄せたい国士舘高が対峙した一戦は、延長後半3分にFWヘンリー公太(2年)が挙げた1点を守り切って、多摩大目黒が勝利した。8日の準々決勝では國學院久我山高と対戦する。
前半は多摩大目黒が勢いよく立ち上がる。「多摩大目黒は2トップが距離感近めでやるんですけど、その距離感も良い感じで、前線でボールをもらえて、相手に圧も掛けられたと思います」と話したヘンリーとFW川邉潮音(3年)がボールを収め、そこへMF柄澤悠人(3年)やMF吉越巧(3年)が2列目から関わりながら、右のMF薄井健人(3年)に左のMF小松翔(3年)の両翼も積極的にオーバーラップを繰り返す。
対する国士舘は、キャプテンを務めるMF島田龍(3年)とMF秋山基一(3年)のドイスボランチがセカンド回収に奔走し、奪ったボールは素早く縦へ。そこからFW高橋遥久(3年)やMF菅原唯翔(3年)がゴール前へ迫るシーンも作りながら、フィニッシュまでは持ち込めない。
30分は多摩大目黒にビッグチャンス。ヘンリーが果敢にプレスを掛けると、相手GKのクリアはヘンリーに当たって川邉の足元へ。ところが、少し弾んだバウンドに合わせたシュートは、枠の右へ外れてしまう。最初の40分間はスコアレスで推移した。
後半は名将・本田裕一郎総監督が振るった采配で、国士舘に攻撃の流れが傾く。8分にそこまで奮闘していたMF込宮空輝(3年)とFW斎藤皐瑛(3年)に代えて、MF小林斗翔(2年)とFW五加裕介(2年)を同時投入すると、13分には菅原のパスから五加が打った決定的なシュートは、多摩大目黒のGK原田大輝(3年)のファインセーブに阻まれるも、10番のストライカーがいきなりゴールへの意欲を滲ませる。
16分は多摩大目黒。右から薄井が入れたCKに、小松が合わせたヘディングはクロスバーにヒット。30分は国士舘。右からDF宇野徠牙(3年)がピンポイントで送り込んだクロスに、高い打点で当てた高橋のヘディングは、ここも原田がファインセーブ。36分も国士舘。最終ラインと巧みに入れ替わった五加がフリーで狙ったフィニッシュは、わずかに枠の上へ。「後半は結構攻められながら耐える時間が多くて、みんなで声を掛けるようにしました」と武田。国士舘が押し気味に進めた後半も、両チームに得点は生まれず。勝敗の行方は前後半10分ずつの延長へと委ねられる。
アクシデントが起きたのは延長後半1分だった。降り続く雨でスリッピーになっていたピッチコンディションの中で、多摩大目黒の選手が危険なタックルを行ったという判定で、主審はレッドカードを提示。10分近い時間を残して、多摩大目黒は10人での戦いを余儀なくされることになる。
だが、多摩大目黒はファイティングポーズを取り続ける。「退場になっても別に下がることもなく、『いいよ、そのまま2トップで行こうよ』と変えずにやりました。やられることは考えなかったですし、PK戦も考えなかったですね。『もうこのままやり切ろう』と。選手もそのまま行けるとは思ったんじゃないですか」と話したのは遠藤雅貴監督。指揮官のマインドは、そのまま選手たちの共通認識。そして、歓喜の瞬間が訪れる。
延長後半3分。ディフェンスラインの裏にヘンリーが飛び出す。「キーパーが出てきたので、ギリギリのタイミングでキャッチされる前に足を伸ばしたら先に触れて、1回キーパーに当たったんですけど、自分の右足のところにボールがこぼれたので、あとは押し込むだけでした」。
殊勲の10番が駆け出すと、スタンドからも声を嗄らしていた選手たちが次々とピッチへ雪崩れ込んでくる。「もう本当にヤバかったです。みんながこっちへ出てきた時に、やっと『ああ、オレが決めたんだ』って。時間も時間だったので、『あ、ヒーローだ』みたいな(笑)。もみくちゃにされて、メチャクチャ嬉しかったですね」(ヘンリー)。数的不利にもかかわらず、執念で奪った1点で勝負あり。多摩大目黒が国士舘を1-0で振り切って、準々決勝へと勝ち上がる結果となった。
「今日はたぶんみんなサッカーを楽しんでいたんですよ。自分も1人減った状況でも『ヤバい』という感じはまったくなくて、『逆にそっちの方が面白いな』みたいな。チーム全体もそんな感じになっていたのかなって。いつもだったら、ああいう状況になった時にそこまで良い流れになっていないと思うんですけど、今日は割と試合がうまく運べていたこともあって、みんなそういう気持ちだったと思います」。この日のヒーローをさらったヘンリーは満面の笑顔で、100分間をそう振り返る。
先制ゴールが入った瞬間。ピッチから、ベンチから、スタンドから、次々と選手が集まり、あっという間にできた大きな歓喜の輪が印象に強く残っている。「今年はみんな仲が良いチームですね。一体感もありますし、トップチームだけではなくて、今日応援してくれた他のカテゴリーも含めて、全体として凄く仲が良いので、そこがチームの強みでもありますし、大切にしているところでもあります」(ヘンリー)「みんなうるさいぐらい仲が良くて、楽しくやっています。でも、『そういうところで引き締めないと』とは監督やコーチから言われているので、自分もやる時はやらなきゃなと思っています(笑)」(武田)。グループ全体で醸し出してきた一体感は、間違いなくこのチームの大きな武器だ。
多摩大目黒は昨年度の高校選手権予選で準々決勝まで進出。今季に入ってからも4月の関東大会予選で準々決勝まで駒を進めているが、近年で考えればこの“ベスト8”はチームにとって越えるべき大きな障壁。ただ、彼らにそこまで必要以上に気負うような雰囲気は感じられない。
「ここからは準々決勝、準決勝と上の方をどうしても意識するじゃないですか。でも、一戦一戦しっかり自分たちの力を発揮することが大事かなと思うので、メンタル的なところも含めて1週間良い準備をしたいなと思います。次は久我山ですけど、そんなに意識はしていません。自分たちにフォーカスして、自分たちのやるべきことをしっかりやろうよという感じですね」(遠藤監督)「多摩大目黒はベスト8の壁をなかなか越えられていないので、ここからさらにパワーを上げていかないと、という気持ちはありますね。でも、チームの武器でもある仲の良さをもっと前面に出して、もっと良い雰囲気で試合を運べたら、ここからも勝ち切れると思います」(ヘンリー)。
常にど真ん中の軸に据えているのは『サッカーを楽しむ気持ち』。悲願とも言うべき初めての全国大会へと繋がる扉は、間違いなくその視界に捉え始めている。あとはそれをこじ開けるだけ。一度ノッてしまった多摩大目黒を止めるのは、どのチームにとってもそう簡単なタスクではなさそうだ。
(取材・文 土屋雅史)
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Source: 大学高校サッカー
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