[6.16 インターハイ群馬県予選決勝 共愛学園高 5-1 常磐高 正田醤油スタジアム群馬]
試合が終わった瞬間から、指揮官は泣いていた。選手たちが、コーチングスタッフたちが、次々と駆け寄ってくる。6度目の決勝で初めて手にした、群馬王者の称号。今日ばかりはいくらでも涙を流していい。創部と同時にチームの監督に就任して23年もの間、この日が来ることをずっと、ずっと、待ちわびてきたのだから。
「何もないところからこのチームを始めて、決勝では5回もずっと負け続けていたので、『オレはもう絶対に優勝できないのかな……』と思ったこともありましたけど、こういう逞しい選手に恵まれて、コイツらが男にしてくれたので、もう最高です!」(共愛学園高・奈良章弘監督)。
創部23年目でようやく手にした、涙の県内初制覇!令和6年度全国高校総体(インターハイ)群馬県予選決勝が16日、正田醤油スタジアム群馬で開催され、初の全国を狙う共愛学園高と23大会ぶりの全国出場を目指す常磐高が対峙した一戦は、着実にゴールを重ねた共愛学園が5-1で快勝。インターハイと高校選手権を通じて、初めてとなる全国切符を勝ち獲っている。
今大会の群馬県予選は波乱含みの展開となった。プリンスリーグ関東1部所属の健大高崎高が、初戦で高崎商高に0-1で敗退。同じくプリンス関東1部を戦う桐生一高は準々決勝で常磐に1点差で敗れ、このブロックからは準決勝で高崎商を1-0で下した常磐が決勝へと勝ち上がる。
逆側のブロックで躍進を遂げたのは共愛学園だ。準々決勝ではプリンス関東2部所属の前橋商高相手に、後半終了間際の2ゴールで劇的な逆転勝利を収めると、準決勝では7連覇を狙う前橋育英高にPK戦で競り勝って、この日のファイナルへと勝ち上がってきた。
激闘の余波は共愛学園を容赦なく襲う。中盤のキーマン・MF村山優成(3年)とディフェンスリーダーのDF天田諒大(3年)が揃って警告累積で、決勝は出場停止に。「今日は優成と諒大が累積で出られないということで、その2人の想いも背負ってピッチに立ちました」と話したMF栁澤雅延(3年)とMF能登悠(3年)がスタメンに入り、重要な一戦のキックオフを迎える。
序盤からパワフルなアタックで攻勢に出たのは常磐。前線に並んだMF丹治竜勲(3年)とFW宮原男気(2年)をシンプルに使いつつ、MF市川颯(3年)とMF嘉指遼介(3年)がサイドを積極的に仕掛け、先制への意欲を前面に打ち出す。
共愛学園を率いる奈良監督は早々に決断した。「どうしても前でボールが収まらないので、思い切って代えました」。前半19分。1人目の交代としてFW坂本祐希(2年)を投入し、前線のポイント創出に着手すると、少しずつ攻撃のリズムが生まれていく。
28分。スコアが動く。坂本が基点を作り、前を向いた栁澤は「あの裏に出すパスはいつも練習でやっていたこと」と完璧なスルーパスをグサリ。裏へ抜け出したMF中野一楓(3年)が右足で打ち抜いたシュートは、GKをかすめながら左スミのゴールネットへ到達する。「練習の成果が出て嬉しいです」と笑った栁澤の巧みな演出から生まれた先制点。共愛学園が1点をリードする。
36分。点差が開く。坂本とのワンツーで中央を運んだ能登は、絶妙のタイミングでスルーパス。「能登くんが本当に触るだけというボールを出してくれたので、自分はそこに走って触るだけでした」という中野が飛び出したGKと交錯しながら放ったシュートは、ゴール右スミへ吸い込まれる。この大一番に起用された栁澤と能登のアシストで、中野は圧巻のドッピエッタ。共愛学園が2点のアドバンテージを得て、最初の40分間は終了した。
「まずは0-0の気持ちを持ちながら、点を獲る気持ちも忘れずに、どんどん行こうと思っていました」とキャプテンのDF阿久津祐樹(3年)が話した後半は、共愛学園の9番を託された2年生フォワードが躍動する。16分。「中にいる人は競り合いに強いので、ある程度良いところに蹴れば、誰かが競ってくれるだろうと思っていました」という栁澤の右CKから、中央で競り合った坂本に当たったボールは、そのままゆっくりとゴールへ転がり込む。3-0。重要な次の1点も共愛学園に記録される。
これだけでは終わらない。24分。左からMFエルデン・バータル(3年)が中央へ送ったパスを、常磐ディフェンス陣がお見合い。ルーズボールにいち早く反応した坂本がゴールまで35メートル近い位置から叩いたシュートは、GKも弾き切れずにネットへ届く。「監督には『オマエがゴールを決めろ』と言われていました」という9番も中野に続いてドッピエッタ。4-0。共愛学園の勢いが止まらない。
苦しくなった常磐も意地を見せる。33分。FW富田優心(3年)のパスから、右サイドを駆け上がったMF春山龍人(3年)がグラウンダークロス。ファーに詰めていた丹治が、ボールを丁寧にゴールへねじ込む。キャプテンマークを託されているチームの大黒柱の一撃。スタンドの応援団もようやく歓喜に沸き上がる。
だが、試合を締め括る最後の得点も共愛学園が奪う。アディショナルタイムに差し掛かった40+1分。中盤を引き締めたMF木内慧(3年)が左へ振り分け、坂本が左足で打ったシュートはクロスバーに跳ね返るも、こぼれをエルデン・バータルが頭でプッシュ。「共愛のプレースタイル的に、大差が付くことはあまりなかったので、予想外でビックリしています」。阿久津が笑いながら、胸を張る。
ファイナルスコアは5-1。「インターハイを通してチームに一体感が出てきて、試合が終わった時にベンチの選手が出てきたのもメチャクチャ嬉しかったですし、奈良先生には厳しく指導してもらってきた分、ここで泣かせられたのは良かったかなと思います」(阿久津)。大願成就。指揮官、男泣き。6度目の県決勝でようやく初勝利を掴んだ共愛学園が、創部23年目にして初めてとなる全国出場を力強く手繰り寄せた。
日韓ワールドカップに日本中が湧いた2002年。もともとは女子校であり、共学化されたばかりの共愛学園に男子サッカー部が創設される。初代監督に就任したのは、東海大を卒業したばかりの22歳。新卒で採用された奈良章弘だ。
「『男子生徒が入ってくるから、サッカー部が作れるぞ』という話で共愛に来たんですけど、選手が集まらないので、体育の授業で声を掛けて『サッカーやろうぜ』と。でも、選手もやめちゃったり、続かなかったり、それこそ『彼女とデートがあるので部活を休みます』というヤツもいたりして(笑)、そんなところからのスタートでしたね」(奈良監督)。まさにゼロからのスタート。とにかく目の前の生徒たちと、毎日格闘し続けてきた。
監督就任9年目の2010年にはインターハイ予選で初めて決勝へと進出。その2年後には県総体(関東大会予選)でも準優勝に輝く。少しずつ結果が出始め、選手たちも集まってくるようになったが、奈良監督の母校でもある前橋商と対峙した2020年の高校選手権予選決勝では、後半終盤まで1点をリードしていたものの、そこから2点を奪われて悪夢の逆転負け。どうしても頂点には手が届かない。
ただ、積み上げてきた歴史は確実に芽吹いていた。「自分が中学生の時に、前橋商業との決勝まで行った代の試合を見ていて、『面白いサッカーだな。共愛に入りたいな』と思ったんです」(中野)「中学生の時に選手権の準決勝の試合や前橋商業との決勝も見ていて、凄く面白いサッカーをしていたので、『共愛に入りたい』という憧れがありました」(栁澤)。2年前の高校選手権予選も、昨年の新人戦も決勝で敗退したが、今年の3年生はその2度の悔しさをスタンドやピッチで経験した世代。彼らの中でも県制覇は、現実的な目標として捉えられるようになっていく。
迎えた今大会は、奇跡的な逆転勝利で前橋商を退けると、絶対王者の前橋育英もPK戦で撃破。「監督は昨日も泣いていましたね(笑)。今まで共愛は育英に勝ったことがないと聞いていましたし、『前橋育英みたいな強いチームを倒したい』と思って入学してきたので、自分たちの代で育英を倒せて嬉しかったです」(中野)。気付けば選手たちは、指揮官やコーチングスタッフが想像していた以上に逞しさを纏っていた。
初優勝を成し遂げた試合後。23年前よりだいぶ貫禄の付いた監督が、選手たちの手で宙を舞う。「奈良監督はいつもチームを鼓舞してくれて、みんなが下を向いている時でも、前向きにさせてくれますし、自分たちの代が創設以来初めての全国だったので、胴上げはちょっと重かったですけど(笑)、監督の想いも果たせたのは凄く嬉しいです」。中野はそう言って、笑顔を浮かべた。
待ちに待った、初めての全国大会。失うものなんて何もない。奈良監督が力強く抱負を口にする。「もう初めてのことなので、23年分の想いを思い切りぶつけて、選手と一緒に楽しめればいいかなと思います」。とうとう切り拓いた新たな歴史。その先に広がっている真夏の冒険は、きっと共愛学園にとって最高に楽しいものになるはずだ。
(取材・文 土屋雅史)
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Source: 大学高校サッカー
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