東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」
それはもちろん試合に出たいに決まっているけれど、その時その時で自分には果たすべき役割がある。ゴールキーパー陣の一員として、ピッチに出る選手をみんなで送り出し、ピッチの外でもみんなが各々の仕事をまっとうする。それが必ずチームの勝利に直結すると信じて、今できることを、100パーセントで、やり切ってやる。
「一番にはチームの一体感を高めることを意識しながら、もちろんベンチだったら声を出しますし、試合に出るなら自分のやるべきことをやりますし、どんな立場でも常に全力を尽くしてやりたいと思います」。
とにかくエネルギーに満ち溢れている浦和レッズユースの背番号1。GK吉澤匠真(3年=浦和レッズジュニアユース出身)が全国の舞台に送り出された『5人目の交代』には、彼を取り巻く多くの人たちの熱い想いが込められていた。
「メチャメチャいい雰囲気だな」と思った。真夏の全国大会。クラブユース選手権のグループステージ第2節。V・ファーレン長崎U-18と対峙している浦和ユースのベンチからは、絶え間なく元気な声が響き渡る。少し目を凝らして見てみると、とりわけ大きな声の主は1人だけ違う色のパンツとソックスを履いていた。
「もちろんベンチからもピッチ内の選手を支えられることはありますし、ベンチで静かにしていてもやることがないので(笑)、ピッチ内でもピッチ外でも声で鼓舞するのは自分の武器だと思って、そこは意識してやっています」。
そう笑いながら話すのは、エメラルドグリーンのウェアに身を包んだ控えのゴールキーパー。一発でチームのムードメイカーだとわかる元気者。吉澤匠真だ。
「本当にサッカーが好きで、サッカーにまっすぐというか、僕はまだ半年しか一緒にやっていないですけど、たぶんジュニアからそういうふうに育ってきているんでしょうね。普段もプリンスだったりいろいろな大会でも声を出してくれたり、水の準備だったりという仕事も率先してやってくれたり、あとはチームを引っ張ろうとして声を掛けてくれたりするんです。試合には出ていないけど、『オレは出てないから』とかじゃなくて、自分のやるべきことをやってくれる子かなという感じですね」。
今シーズンからユースのGKコーチに就任した塩田仁史は、自分と同じポジションでプロサッカー選手を志している“25歳下の後輩”のことを、笑顔を交えてそう教えてくれる。
「ヨッシーは……、ああ、吉澤はヨッシーって言われているんですけど(笑)、ヨッシーはメッチャ明るいキャラで、良い雰囲気を作ることができますし、身長はあまり高くないのに、技術面でも教わる部分が多くて、セーブ力でも見習う部分が多いので、普段からポジション争いで切磋琢磨していることが、キーパーとしてのお互いの成長に繋がっているのかなと思います」。
やはり笑顔で“ヨッシー”のことについて言及するのは、年代別代表にも選出されており、トップチームに2種登録されているGKの小森春輝(3年)。吉澤とは同級生。ここまでユースの2年半をともに競い合いながら過ごしてきた、ライバルであり、友人だ。
昨シーズンの公式戦では吉澤がスタメンで出ることが多く、プレミアリーグプレーオフの2試合でもゴールマウスに立っている。だが、今シーズンは小森が定位置を掴んだ格好になり、背番号1はベンチから試合を見つめる機会が増えてきた。
自身もプロキャリアでは出場機会を得られない時期も長かった塩田GKコーチは、その経験も交えてユースの選手たちに、“ゴールキーパー陣”としての在り方を強調しているという。
「浦和でも(鈴木)彩艶や(西川)周作との競争はありましたけど、最終的にはゲームに出ていく側と、ゲームを支える側にどうしても分かれるわけですよね。チームということを考えた時に、出る側と支える側は絶対に必要ですし、試合の当日まで競争して、それで試合に出られるかどうかの白黒がハッキリ付くわけじゃないですか。そうなったら、試合に出ている人、出ていない人ではなくて、今度はグループとしてこの一戦を戦うと。それを乗り越えたらまた競争が始まって、という繰り返しだと思っていて、僕も現役の時は『ゴールキーパー陣として戦うこと』を心掛けていましたし、チームが勝つために何ができるかということを考えることは、凄く重要なんです」。
吉澤も塩田GKコーチの考えは十分に理解している。「自分は小森のことをリスペクトしていますし、小森も自分のことをリスペクトしてくれている部分もあると思っていて、ここに来ているのは自分と小森だけですけど、今年のキーパーコーチの塩田さんとともに、4人のキーパーのグループでお互いにリスペクトして、高め合いながらできるのは非常に良いことかなと思います」。この言葉からも“支える側”としての自覚も、しっかり携えていることが窺える。
今までは基本的にスタメンで試合に出ることが多かったが、立場が変わったことで新たな発見もあった。「昔から『ベンチにいる時は誰よりも声を出してやろう』と思っていましたけど、ピッチ内の選手はボールのところに関わる声は出してくれているので、少しボールに関係はないけれど、そこに関わりが持てそうな選手のこととか、些細なところはベンチからの方がより見えているのかなと思うので、そこは自分から声が出せるかなって」。ただ声を出すだけではなく、ピッチの選手の助けになるようなアドバイスも、以前よりは確実に送れるようになってきた。
初戦を引き分けているだけに、この日の試合はどうしても勝利が必要な一戦。浦和ユースは前半のうちにFW山根且稔(2年)とFW照内利和(3年)のゴールで2点をリードすると、後半にも照内が追加点を叩き出して3点差に。交代カードも切りながら、勝利への道を着々と前進していく。
ふと気付くと、エメラルドグリーンのユニフォームを纏った選手が、それまで着ていたビブスを脱ぎ、塩田GKコーチと何かを話している。そこまでに途中出場でピッチに解き放たれた選手は4人。交代枠はあと1つ残っていた。チームを率いる平川忠亮監督が、そっと教えてくれる。「塩田が『5枚目はキーパーを使ってもらえませんか?』と提案してくれたんです」。
その言葉を塩田GKコーチが引き取る。「4人交代した後に『5人目どうする?』という話になったので、『吉澤はどうですか?』という話をしたら、ヒラさんが『いいじゃん、みんな使おうよ』と。3年生は最後の夏だから全員連れていきたいし、全員試合に出してあげたいと思っていた中で、勝負にこだわる部分もあるので、タイミングは難しかったですけど、ここは出してあげられるチャンスなんじゃないかなと思って、ヒラさんに言ったらすぐに『いいじゃん!』と言ってくれたので、こっちも『え?本当にいいんですか?』って(笑)。ヒラさんは『逆に言ってくれてありがとう』ぐらいの感じでしたね」。
不思議と気持ちは落ち着いていた。「塩田さんからは『気負う必要はないから、まずはこの最高の舞台を楽しむことだ』と言われました。緊張はしなかったですね」。ピッチサイドに出てきた第4の審判員が、小森の番号を意味する数字を掲示する。下がってきた25番と笑顔で少しだけハグを交わし、吉澤はレッズのゴールマウスへと全速力で駆け出していく。
平川監督も吉澤の存在の大きさは、はっきりと認めている。「正直、小森と吉澤はどっちが出ても遜色のない、ハイレベルな競争をしているんですね。そんな中で試合に出られない時期が長くても、本当にどんな苦しい時も彼が一番声を出していますし、腐ることなくチームを支える存在感は非常に大きいです。クラブユースの予選は彼でやっているので、この大会も彼のおかげで全国に来れているところもありますから」。
「あの塩田の提案はキーパーコーチらしいですよね。2人のキーパーをしっかりマネジメントして、良い競争をさせているなと。チーム全体もああいう選手が出てくると盛り上がりますし、彼のモチベーションも上げながら、さらにチームがまとまっていけばいいのかなと思います」。そんな言葉からも指揮官の器の大きさが垣間見える。
実は『5人目の交代』に際し、塩田GKコーチはある“やり取り”を思い出していたそうだ。「たまたまですけど、出発の前に『お父さんやお母さんは来るのか?』みたいな話をしていて、ヨッシーがお母さんはこの試合を見たら帰るみたいなことを言っていたのを覚えていたので、『できるならご両親が見ている中で試合に出してあげたいな』という想いはあったんです」。
「それは本当にタイミングがありますし、勝負事なので、本当は良いことなのかわからないですけど、彼はジュニアからやってきている子で、ユース最後の夏じゃないですか。それもあって、どうしても出してあげたかったんですよね。小森とヨッシーはライバルでもあるけど、意外と普段から一緒にいたりするんですよ。そんなアイツらがバシッと抱き合って交代する姿を見てしまうと、やっぱりグッと来ますよね。J下部はプロを目指す集団なんですけど、やっぱり彼らにも“夏の青春”があるわけで、そういう部分で葛藤しながら、最後はああいうふうにヨッシーを試合に出せて良かったなと思います」。
5分あまりの出場時間で、守備機会はやってこなかった。唯一のボールタッチとなったゴールキックを大きく蹴り出すと、タイムアップのホイッスルが鳴り響く。「ピッチ内のチームメイトも素直に受け入れてくれた感じだったので、楽しんでできたかなと思っています」。仲間と勝利のハイタッチを交わし、背番号1がピッチから引き揚げていく。吉澤の母はこの光景をどういう表情で見守っていたのだろうか。
「今日ピッチに立ってみて、より『試合に出たい』という想いが増した部分はありますけど、チームとしてピッチ外や普段の私生活のところでも、自分は一体感の部分を気にしてやっているので、やっぱりチームとして勝てたことは非常に良かったかなと思います。キーパーの練習の中でも課題は見つかりますし、焦らず、しっかり一歩一歩着実に成長して、また出場機会を得られるように頑張りたいです」。
そう話した吉澤は、続けて塩田GKコーチへの想いも口にする。「半年間キーパーの練習をやってきた中で、まずは常に塩田さんが最高の準備をしてくれていて、自分たちの成長のことを何よりも優先して考えてくれているなということは常に感じているので、その期待に応えたいですし、自分もその気持ちを受け取りながら成長したいなと思えるコーチです」。たとえ半年あまりでも、濃厚な時間を重ねてきた“師匠”との絆が固くないはずがない。
ここからはまた競争の日々が待っている。試合当日までは切磋琢磨し合い、白黒が付いたらそれぞれの役割と正面から向き合う。ゴールキーパーとして生きていくのであれば、この宿命から逃れることはできない。ただ、そんなことはもうとっくに理解している。
「今日来ている選手の中では一番長くレッズにいるのが自分と照内で、小3からこのクラブにいる分、レッズ愛は誰よりも強いと思います」という吉澤に、最後に聞いてみた。「あの声の大きさだったら、満員の埼スタでもよく通るんじゃない?」
「うーん……、たぶんちょっと難しいですね(笑)」。少しだけ考えて、そう言葉を返してくれた吉澤は、ちゃんと丁寧にお辞儀をして、ロッカールームへと小走りで帰っていった。
真夏の長居で行われた『5人目の交代』には、彼を取り巻く多くの人たちの熱い想いが込められていた。きっとこれからも、その姿勢は変わらない。今の自分にできることを、全力で、真摯に、堂々と。それがユースの試合のベンチであっても、超満員の埼スタのピッチであっても、よく通る声を響かせて、大きな笑顔を湛えて、吉澤は自分の居場所に、自分の足で立ち続ける。
■執筆者紹介:
土屋雅史
「群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に『蹴球ヒストリア: 「サッカーに魅入られた同志たち」の幸せな来歴』『高校サッカー 新時代を戦う監督たち』
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Source: 大学高校サッカー
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